石神井川との連れ歩きも飛鳥山公園までとなり、熱暑の街頭とのつきあいとなります。
音無親水公園沿いに歩くと、王子稲荷神社があります、鎌倉時代には関東地方の稲荷神社の総元締め
として崇められたそうです。拝殿の天井絵も立派でしたが、以前は谷文兆の竜の絵だったそうで、この絵は
日本画家 関口正男氏の「鳳凰」の画だそうです、神社仏閣の天井画はそういえば鳳凰とか竜とかがおおいですね。

奥はうっそうとしていて、都会とかけ離れている趣があります、崖の中ほどにかって狐がすんでいたという
狐穴がありましたが、そういえば落語に王子の狐というのがありましたね。
人間が狐をだますというお話しでしたが、あやまりにいった人間のおみやげも馬糞だから食べるなという親狐の子狐へ
の言葉に、人間の怖さがありましたね。
王子神社から飛鳥山までは江戸時代は料亭、茶屋が立ち並ぶほど繁盛した土地だそうでした、音無川の両岸には
望楼をもつ料理屋がならび、料理の味も料理番付けにのるほどであったとか言われています、優雅な江戸文化でしょうか...
神社のすぐ先に名主の滝公園があります、幕末に付近の名主が自宅の庭を庭園風にしたそうで、中には
やはり滝があり、天然の涼があります。

十條の女滝・男滝と書かれたプレートがありましたが当時はこのように、楽しんだのでしょうね。
滝をあとに京浜東北線のガードをくぐり北本通りを渡り一本目の路地を左に入ると装束稲荷があります。

江戸名所図会によれば、 「毎歳十二月晦日の夜、諸方の狐夥しく、ここに集まり来る事、恒例にして今に然り。
その灯せる火影に依って土民、明年の豊凶を卜す。〜」とあり、関東八州の狐がここの大榎の下に集まり、衣装をととのえ
王子稲荷に初詣したそうです、今では地域の有志がそれをひきついで初詣出をしているそうです。
狐のお面やら、狐のお化粧をしてお参りする行列の中には本物の狐もまじっているという噂もあるそうです。

最後は王子駅のガード下を走る都電に別れをつげました。